金環食の そのあとで…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



       




静かな室内に、白々と柔らかい明るさが満ちてゆく。
明け方は多少ほど、空気も冴えているものの、
一頃の肌寒さも今はずんと遠くなり。
今や薄手の合掛け羽毛布団で十分に用が足りるのだから、
いい季節になったと思う。
さほど寒がりじゃあない方だけれど、
家人が何人もがかりで案じて下さってのこと、
ついつい毛布まで重ねた寝具で寝ることとなるので、
冬場は掛けるものが重いったらなく。
身を縮めているのは寒いからか、
それとも布団の重さのせいか、判然としないときがあるほど。

 “前世の凍るような晩の哨戒に比べれば、
  天国のようじゃあるんだけれど。”

選りにもよってそこまで凄まじい例を比較にもって来た自分へ、
何だかなぁと苦笑が洩れたことで、
はっきりくっきりと目が覚めて。
えとえっと、今日は確か、
そうそう金環食の起こる朝じゃなかったか。
あの皆既日食のように、
それは判りやすく暗くはならないそうなので。
太陽が欠けてくところを見たいなら、
朝のお支度に忙殺されてちゃいけないのだとか。
ヘイさんや久蔵殿はもう起きてるのかな。
久蔵殿は特に、
寝坊していいとなると、とことん布団からも出ないものねと。

 “……ふふvv”

大切なお友達の可愛らしいところを数えつつ、
ついでに愛らしい寝顔まで思い出してのこと、
口許へ知らず浮かんだ小さな微笑みだったのを、
まさかたいそう至近から、
じっと見やってるお人がいようとは想いもよらず。
優しい線で縁取られたまぶたをゆっくりと上げたそのまま、
視野の中に…何だか黒っぽいものがあるのへ、

 “???”

あれれぇと気持ちの中で小首を傾げる。
枕や布団の折り重なりに、
まだまだ陰ってるところがある時間帯なのかなぁ。
寝具は白か淡い淡いパステルピンク。
ホントは水色とか、大胆にも濃紺とかもいいなぁと思うのだけれど、
清潔が一番という母の主張からなかなか抜け出せずにいる現状で。
たかがシーツやカバーくらい、別に何でもいいわよと言いつつも。
こういう色合いの寝床って、
中学生みたいな夢しか見られないような気もするなぁなんて。
ヘイさんや久蔵に言ったら、判る判ると同意もされたばかり。
よって、こうまで濃い色が目に入るなんて……………。


  「   ………………。」


どうして前世の哨戒の晩なんて唐突な発想が沸いたかの答え。
頭のすみっこの方で“それでか”という合点がいった。
覚えのある匂いとそれから、
頼もしいけれど、惚れ惚れしちゃうほど大好きだけれど、
目覚めて一番に見るという体験は、今の女子高生の身では初めての筈な。
そりゃあ精悍で男臭い誰か様のお顔が、
ややもすると困ったような角度で眉を下げ、
随分な至近からこちらを見下ろしておいでであり。


  「な……………なんで、勘兵衛様が?」

  「うむ、それがな………。」


何か言い出そうとしかかる、響きのいいお声も間違いなく、
それはお慕い申し上げている島田勘兵衛警部補様が、
何でまた、目が覚めたばかりの七郎次お嬢様のお顔の真ん前に、
ご自身のお顔を据えておいでだったのかは、


  ……というところまで、
  予告編として先に出させていただいた訳ですが。(こら)


これは夢の続きじゃあないかと思った。
一瞬、うっとりしたまま口許が甘くほころびかかりさえした。
でもでも、これって
朝一番という条件下には、まずあり得ない状況じゃあなかろうかと、
まどろみ半分の意識の中を、
聡明な七郎次お嬢様の理性が、
抜き手を切ってのぐんぐんと浮かび上がって来、
そこはかとなく嬉しい色の甘さと温度に染まりかけてた意識へ、
ちょっと待ったと冷静な空手チョップをお見舞いする。
だって、そんな、あのそのえっと。/////////
勘兵衛様が大好きなのも、
いつだってぎゅうってしてほしいのも、
彼女の胸のうちでは一縷も間違ってはない事実だけれど。
それを何が阻んでいるのかも、薄々と判ってはいるお嬢様。(薄々?)
まだ女子高生、まだ未成年、何にも知らない無垢で初心な十代の身で、
大胆不敵な恋愛や交際はご法度と、
何とその筋が設けた法律(というか条例)まであるほどに、
淫らなことをしちゃあいけません、とされており。
その規定で言えば、口づけも堅い抱擁も咎められちゃう行為にあたる

 ……というよな、お堅い言いようを持って来るまでもなく

持ち重りのする大きくて頼もしい手で、
手や頬を触れられるだけでドキドキするし。
不器用な方じゃああるが、
案外と困り顔にはバリエーションの豊富な、
彫の深いお顔は、いつまでだって見つめていたい…けれど。
そちらから見つめられたなら、
あっと言う間に頬が茹だってしまって、
挙動不審になること間違いない。
その、ちょっぴり枯れたような、されど、
懐かしくもある いかにも男性という苦くて渋い匂いの中、
深い懐ろへぎゅうと抱き込められたりしようものならば、
混乱しちゃって何も考えることなぞ出来まいだろうというほどに。
乱闘に当たってだと
その身がああまで滑らか且つ敏捷に動き出す困ったさんでありながら、
実のところ、
こちらの方面じゃあ思うほど大胆でもない娘さんで。
(その延長で、
 お友達に“何かあったでしょう?”とやすやす嗅ぎつけられるほどだし・笑)

  そんな他愛のないお嬢さんなので

 「あ、ああああ、ああのあのあのあのっ。////////////」
 「まず落ち着け。」

  そんな冷静極まりないお声で無茶を言っては困ります、
  大体なんで勘兵衛様が此処においでなのですか、
  此処……………、此処って?

 「………。」
 「儂の家だ、覚えておるか?」

何度かお邪魔したことがあるので見覚えもある、
実は東京都の公務員用という、社宅というか官舎でもある、
独身者向けの1LDKマンションで。
確か、きっちり独立した唯一のお部屋は、
タンスを置いてのほぼ物置と化しており。
結構広いリビングの一角を、アコーディオンカーテンで仕切って、
そこへベッドを置いて、寝室扱いしておいで。
上背がおありなものだから、ずんと大きいベッドを置いたそこは、
日頃はパーテーションも開けっ放しで、
ダイニングをリビング扱いにしの、
こちらはほぼ居室のような状態になっている
…ということまで、ようよう知っており。
本当に時々、数えるほどの数回ほど、
外でのデートの中、
不意な雨に靴を濡らしたとか、人込みに酔ったとか、
そういう事態に已を得ず上げていただいたのが始まりで。
仕事上がりのところを拾っていただき、
そのままお邪魔したのが、一番のつい最近じゃあなかったか。
そんなこんなをグルグルと辿っておれば、
なかなか返事がないことからだろう、

 「そうまで何も覚えておらぬか?」
 「え〜っとえっとぉ。///////」

この状況はもしかして。
非があるとしたならば、私の方だというケースじゃないだろか。
あれあれ? ちょっと待って、そういやアタシ、昨夜は

 「あ、そうだっ。」

やっと思い出したその拍子、がばちょと身を起こしたお嬢様だが、
その手元から何かが“くくんっ”と軽く引っ張られるような抵抗が有りの、

 「……。」

結構間近におわした勘兵衛様が、やはり身を起こしていて。
濃色のくせっ毛の端が一条ほど……

 「  …………すみません、これのせいですね。/////////」

七郎次お嬢様が着てらした、ちょっぴり上等でデコラティブな御召し物の、
襟元胸元へ施されてあったスワロフスキー・ビーズの刺繍の根元へと、
警部補殿の蓬髪の端が見事に絡まっておいで。
これじゃあ離れられなかったのも無理はないと、細い肩を縮めたお嬢さんへ、

 「こちらを摘んでも良かったのだがの。」

むしろそうしてしまえば何の問題もなかったのだがと、
自分の髪のほうを見下ろして、
軽く苦笑をする勘兵衛が、ほれと。
傍らの脇卓扱いのテーブルの上へ用意はしてあったらしい、
いかにも工作用ハサミを差し出しながら続けたのが、

 「ただ、お主はもう寝入っておったのでな。
  そんな身の服に、
  自分のものではない、覚えのない髪の毛がごそりと残っていたら、
  薄気味が悪いのではないかと、征樹のやつが言いおってな。」

 「あ…………。」

そのお名前が出て来た時点で、
やっとのこと、七郎次お嬢様にも、
昨夜は何があったのかが、脳裏へ鮮やかに蘇って来たらしい。

  “そうだ・そうそう、アタシったら…。”





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